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3年生へ

一人ずつコメントを書いていって、後半の奴らの方が文章が長くなっていった。一人ずつ書くたびに1日

日が思い出されていく。どうしても最後の方にいけばいくほど長くなった。感じたことをそのまま書いたから書き直しはしなかった。

この代は非常に仲が良い。グループで割れることもなかった。それは各代に欠けていたことで、強くなるために大切な要素だ。そこが勝負で大切なところだったと思う。そこでおれの反省点が2つ。1つ目は体つくり。体が小さい代ということもあり、最初は筋トレに意欲がみんななかった。意欲的になったのが少し遅かった。ラクやワダチはよく先陣を切ってくれたと思う。最終的には筋肉マニアみたいなやつが増えまくっていたからもっと早く楽しさを強制的に教えるべきだったと反省している。

2つ目は「仲間」をパワーに変える方法。後輩の2年生は体がでかい、スピードがあるみたいなやつが多く、3年生でAチームに出られる選手が少なくなり、モチベーション管理など大変だったかもしれない。おれが直接毎日教えていた選手の方が少ない。そんな3年生だが、入学してきた時から指導者で次のように話し合っていた。仲間を大切にするセンスがあるから、目標のため、プライドのため、よりも「仲間のため」となる時が一番力を発揮するかもしれないと。実際ショウやダイゴ、カズシが話すときに一番心で話を聞いていた。だから今大きく後悔していることがある。「チームの仲の良さを勝負に向かうパワーにどうやって変えていくか」をもっと話し合うべきだったということだ。一人ずつのコメントを書いていって思うことだが、全員惜しすぎる。本当に全員惜しいのである。誰が選手権に出てもおかしくない。その足りない少しを仲間の力で埋めていけば、あと一歩出たと思う。しかし、簡単ではないのである。仲の良さを勝負に活かすと言っても具体的な行動に落とし込めなければ意味がない。だからそれを見つけるのは半端ない時間がかかる。夏合宿でも言ったが、本当の「仲間」、つまり同じ目標に強いベクトルを向ける集団になるためにおれらは考えるべきだった。もっと練習時間を削ってでもそこに投資すべきだった。もっと介入すべきだったかもしれない。フィールドではできる準備をしたつもりでも、おまえら3年生のセンスを活かしきれなかったことにおれは後悔している。そこをやったらどんなチームだったのだろうか。

鈴木龍

 

カズシ④

引馬和志

この代を象徴する男。決してうまいわけではない。速いわけではない。強いわけでもない。でも、この男がいるだけでチームのレベルが間違いなく上がるのである。一人でお祭りのように騒ぎ、人を興奮させ、サッカーをやっていて楽しいと思わせる力を持っている。特にこの3年生の中では特異な魅力を持った選手だった。カズシがAチームにいればまた違った結果になっていたのかもしれない。カズシは2年の最後に大きな決断をした。当時Aチームにいたが、そのまま試合に出られずにAチームに残るか、Bチームに行って自分自身に向き合って成長するか。今でもカズシの言った言葉は覚えている。「Bで成長して、Aに必要とされる選手になって、ショウたちと同じフィールドに立ちたい。だからBでやります。」そんなカズシは最後までAチームとBチームの架け橋になり続けた。明星戦の前のエンジンも、その後のミーティングも、常にショウたちに気持ちを向けた言葉を発していた。動画でそこを使ったのは、本当に価値があるからだ。おれはそんなカズシがかっこいいと思う。Aにいたら助かった。でも、自分に向き合うカズシが好きだった。

 

ハルト④

宇野陽登

何世代かの選手の中に、稀にいる逸材。360°ターンでき、どのタイミングでもパスを出せる選手。監督のおれが一番大切にしたい技術を持っている選手がハルトだった。ハルトの技術は教えて身につくものではない。天性のものである。1年次にサイドハーフをやっていたハルトを見て、即トップ下に使いたかった。しかしその類まれな能力を持った男の性格は、変人そのものだった。性格が変だから人と違った変な技術が身につくものではあるが、こいつは変すぎた。迷った。この変な男に期待してAチームの中核を任せていいものか…。それでもハルトのサッカーに魅せられて、すぐにトップ下にコンバートし、3年次はシャドーをまかせて10番を与えた。そんなハルトだが、少しずつ顔つきは変わっていった。もっと自分に自信を持ち、チームに責任を持てばチームを代表する選手になったはずである。たまにつける6番は「チーム1のハードワーカー」の番号である。ハルトにチャンスを与え、育てたが、その能力をチームに全力で発揮してほしいという願いだった。ハルトにボールが入った時のわくわく感は最高である。変人も育てれば楽しめることを知った。もっと勝たせてくれていたら最高だったな。

 

リョウタ④

花田涼太

中学時代に出会い、この選手は3年後にAチームの中核になっていると確信した男である。間違いなく昭和第一学園を引っ張り上げる男になると思っていた。責任感も、情熱も、発信力も、身体能力も十分にあった。しかし、想像以上に不器用だった。繊細なプレーは一切身につかなかった。身体能力だけはAチームでもトップレベルだったので、それゆえに余計に繊細な技術とポジショニングの必要性が理解し難かったのかもしれない。事実ロングスロー、空中での胸トラップなどはどんどん上達していて最高だった。成長するために大切なのは、自分が何者であるかをはっきりと知ることである。できること、できないことを自覚することである。一番気づけそうなタイミングで不幸にも大けがをしてしまった。担任として毎日見ていたが、はっきりと集中が落ちているのも、チームから心が離れている瞬間も見て取れた。それでも最後のリーグで大量に得点をとったのはリョウタの意地だったのだと思う。今でもエース番号をつけたリョウタの未来もあったと信じている。思ったことすぐ口に出すな。男がすたるぞ。ぐっと耐えて、しっかり考えることができれば、お前はもっとビッグになれるぞ。

 

エイシン④

岩下瑛心

おれはこの代で一番昭和第一学園サッカー部らしい成長をとげた選手だと思っている。おそらく、卒業後もどんどん成長する選手である。この選手がこのサッカー部から飛び立っていくことを誇りに思う。エイシンからしたら3年間が最高であったとは言い難いと思う。成立戦の後に聞いた、「もし同じ結果になるとして、エイシンはまたサッカーをやるのか?」という質問に、エイシンは心から複雑な顔で「わからないです」と応えていた。失礼かもしれないが、エイシンはおそらくサッカーに不向きな性格だった気がする。優しすぎる。失敗やトラブルを自分のせいにしてしまう。このような性格の選手は自分自身に矢印が向いてしまい、プレーが消極的になってしまうし、コーチングも出なくなってしまう。エイシンのようなピッチ外で献身的な真面目な選手にフィールドに立ってほしいものの、勝負事ではネックになってしまうことが多かった。そんなエイシンが引退後も顔つきが崩れないことに驚いた。それどころか、どこかふっきれたような強さを出していた。理想的である。今の時代は自分の性格に周りを合わさせることに必死なやつが多いが、エイシンは徐々にサッカーに性格を合わせ、性格を変えることができたのである!3年間少しずつだが、エイシンは自分自身を目標に向けて変えることができた。この代でそれは何人できただろう。お前はかっこいい。

 

シュウト⑤

近藤蹴虎

問題児。メンタル最弱ですぐ泣くくせに悪態つきまくる超問題児。練習中にキレて帰った時は本気でクビにしようと思った。こいつはうまくなったのだろうか。おれはメンタルが落ち着いているときのシュウトはめちゃくちゃ良い選手だと思っている。特に、チームに心が向き、献身的にプレーしていた左サイドバックでは、シュウトからは目が離せなかった。体を張った守備に、全体を鼓舞する声、勇気をもって駆け上がるスプリント、最高だと思う。シュウトはサイドハーフに入ると中に入りたがるが、本当は性格そのままに、真っすぐ、愚直に、すべてぶっ壊すように突き進むのが合っていたのではないだろうか。左足のセンタリングを徹底していたらどんな選手になっていただろう。シュウトはまだ自分が何者かわかっていない。内側の大きなエネルギーの使い方をわかっていない。小器用に生きようとするな。多分無理だから。真っすぐ、正しく、何度怒られても誠実にやるメンタルを身につけろ。笑われてなんぼだ。そのうち、その笑いは周りからのリスペクトに変わると思うよ。曲がるなよ。真っすぐ生きろよ。あと足つらないようにちゃんと走れ。あほう。

 

カノン④

高橋桜音

少し大人っぽい感性を持っていた選手。それと同時に繊細な選手。この選手がもっと図太く周りを気にせず自分のリーダーシップや正義感をぶつけられていたらチームはもっと真剣さが出た気がする。ただ、そうならなかったのは、とにかく自分に矢印が向くと弱い。走りが大の苦手。カノンの能力なら走りが得意とまではいかないまでも不得意にはならなかったはず。きついときに自分に負けてしまう。もう、カノンの顔の負けっぷりがすごい。カノンは何のために走っていたのだろうか。きつさの向こうにどのような価値をもって走っていたのだろうか。自分の夢のためには走っていた気がするが、仲間のためにはどうだろう。カノンは他の人にこれからもいろいろなことをしてあげられる人間になると思う。それくらいの器がある選手である。おれはカノンの振る舞いが好きだった。そんなカノンだから、どこかで人のためにきつい思いをしてほしい。他の人の気持ちを受け入れたまま突っ走れる人間になってほしい。エリア内での強烈なシュートは今でも印象に残っている。

 

ハルタ④

佐藤遥太

1年次にまるで期待していなかった選手だったが、成蹊カップでおれはすごい選手がうちにいると思うようになった。なんの魅力があるのか見つけ難い選手だったが、野田がやたら期待している。こんな魅力があるんだと熱弁していたがいまいちぴんとこなかった。それが下半身と上半身の筋力が安定し出したころ、丁度成蹊カップの頃だが印象ががらりと変わってしまった。秀逸なラインブレイク能力と、そのスピード、そして野田とチームからの期待を背負い、裏一閃で勝負する爽快さはサッカーの魅力が詰まっているかのようなプレーだった。それ以外になにかできるのかといったらそうではない。ただ、裏抜けができる。それがすべてだった。おれは陰ながらハルタと野田には感心していた。おれにはないサッカー感がそこにはあった。できることは多くなくても、他の人にはできないことを研ぎ澄ます。それによりチームからの信頼を勝ち取る。素晴らしいことだと思う。地区リーグでも途中から出てすぐさま2点取ってしまうような運も持ち合わせている。勉強になった選手だ。こんな選手の活躍を見ることができていたことに実は指導者として幸せを感じていた。良い選手だったぞ。

 

サカタニ④

阪谷颯太

こいつは入ってきた時と別人になってしまった。もしかしたら本当に別の人なのかもしれないと今も疑っている。入ってきた後1年間は人間ではなかった。試合では相手にサッカー人生終わらしかねないファールをしまくっていた。悪意がないのが余計に怖かった。もはや格闘ゲームのキャラクターのように無表情に攻撃しまくっていた。そして授業はすべて寝ていた。先生によっては毎回寝ているから顔を知らないと言われていた。成績はアイザワ、ショウタロウ、サカタニでどん底3兄弟だった(ユイヤとコタロウもなかなかだったが…)。それが2年の途中から急に変わった。なぜか授業中にサカタニが寝ていないと報告を受けるようになった。確かに成績も上がっていく…。そのあたりでプレーもまるで変わり始める。ファールが減り、考えて自分の良さを出そうとする姿勢が見えるようになっていった。そしてよくいい顔で笑って話すようになった。表情がない男がすごくかっこいい男になっていった。成蹊カップのMVPは納得である。野田に感謝しろ。野田がサカタニを信用し、成長させたと思うよ。Aに戻ることはなかったが、しっかりとプレーで昭和第一学園に印象を刻んだ選手である。あと1年あったら化け物になっていたかもな。おれは3年次のサカタニが好きだったよ。しっかりと話せる良い男になった。立派である。

 

ユイヤ③

山崎結陽

実は年間通して一番Bチームにラブコールをしていた選手NO1がユイヤである。つまり、おれはユイヤをAチームに欲しかった。なぜなら、ハルトと同じ、天性の身体操作を持った選手だからである。ユイヤのタッチやフトコロの深さは天性である。育てられない能力なのだ。だからAチームのシャドーに欲しかったのである。しかし、神様は意地悪である。ユイヤは、ハルトより変人であった。正直コタロウより変人だと思っている。しかもあほなのである。Aチームに引き上げようと思ったら成績不良で上がれず。大体上げようとすると成績不良か態度不良か怪我で離脱中である。そして、おれはいつのまにかあきらめた…。2年次にAチームで守備も能力アップして成績もアップしておけば全然違うサッカー人生だったはずである。そんな残念な才能の持ち主を外から見ていたが、伸びのあるアタッカーに成長していった。それはそれで面白い。ユイヤの試合は面白かった。野田の信頼感じていたか?お前人が自分にどんな信頼を向けてくれているのかもっとちゃんと感じろ。変人であほなのはいいけど、人とのつながり感じられない奴はだめだぞ。お前のことを期待して助けてくれる人がいるから。お前はそれくらい魅力的な奴だから。これからも必ず助けてくれる人はいるから。だからしっかりそれに気づいて、真面目にそれに返せ。野田に必ずお礼言って終われ。そして二度と古典総合で「1」をとって追試に来るんじゃない。馬鹿者。

 

ヤンクン④

山本悠貴

ヤンクンがいてくれてよかった。そして存在感は増す一方だった。ヤンクンは下手だ。おそらくチームでもかなり下位である。何よりも走れない。それではサッカーにならない。本人もわかっていると思う。ほとんど試合に出られない。出てもボールがつながることはない。そんなヤンクンに振り返りシートか何かで質問を受けた。「何から努力すればよいか」と。正直努力するものがありすぎて困った。でもそれでも全力で考えてアドバイスをした。すると、ヤンクンは一生懸命それをやっているのである。ロングスローもそうだ。どんどん飛距離が伸びていく。春山に出会ったのも良かった。春山はヤンクンに容赦なくダメ出しをしていた。報告もヤンクンの弱いところを的確に送ってきていた。大体の場合、能力が低い選手に対しては真剣に向き合わずにやり過ごすようにする人も多いが、春山は公平だった。真剣に、公平に、本当にヤンクンを変えようとしていた。だからヤンクンはチームに常に向き合ってくれていた。副審で何度チームを助けてくれたか。そして、サポート班では最高のメンバーだったと思っている。ケンタとゆめとヤンクンは最高だった。ヤンクンが本気で自主的にチームのために働いてくれていた姿をおれは忘れない。ヤンクンがいてくれてよかった。チームを愛してくれてありがとう。チームっていうのは選手の愛でできている。ヤンクンはこのチームの大切なピースである。

 

カズキ①

山本和樹

今でも覚えている。中学時代に来た時の顔も、プレーも。あっけらかんとした性格も、明るさも、サッカーの好きさも、変わっていないと思う。サッカーが好きだし、仲間も好きだな。その気持ちを3年間持ち続けてくれただけでもセレクションで声かけた意味はあると思う。ただし、お前はもっとできたはずだ。おれは今のカズキを満足だとは思っていない。常に物足りないと思ってみていた。お前は流されるから、特に仲間とつるむと楽しい方向に行くから。3年間で何回勝負に向き合えた?何回勝つための練習や行動ができた?春山や野田にスーパーサブみたいな使われ方をして大活躍する試合も何回か見てきた。やっぱりおれはセンスあると思うよお前は。良いもの持っているよ。ただそれを安定して出すための守備力はどれだけ身に付けることができた?実は俺はうまくいっていてへらへらしているお前よりも最後の方の、何かしっくりきてない自分に向き合っているお前の方が好きだったよ。良い顔するんだよ、自分と向き合っている時のお前は。おれはダイゴとカズキが一緒に戦う姿が見たかったんだよ。しょうもないやつだよ。でも、うちに来てくれたことに感謝しているよ。

 

ショウタロウ④

柴中将大朗

Aチームなのに写真が一番残らなかった男。それがショウタロウの3年間を表している。ショウタロウはサカタニ、アイザワとの成績最悪3トリオの一人。1年次の頃はブラックホールのごとく教えたことを吸収し、そしてその知識はどこにいったのか疑問になるほど無の状態を維持し続ける。ただ者ではなかった。大体そういうやつは走り込みに弱いが、例にもれず全然走れない男であった。しかし、この男は天に選ばれたフィジカルモンスターだった。太ももの太さは一般人の腰回りくらいあったのではないだろうか。マッスル大会のスクワット部門の優勝は鮮烈な記憶である。正直ショウタロウがAチームで出る日が来るとは思わなかったが、先天的な持ち物が優秀すぎた。走り込みと成績をクリアした後は、持ち前のタフな精神力とフィジカルであっという間にAチームのCBのサブにまで上り詰めた。中心的ではないものの、ショウタロウがいることで試合は成り立っていた。縁の下の力持ちである。だからこそショウタロウは写真がないのである。CBを変えることは試合中ほぼないので、サブだと出られない。練習試合は出ても公式戦の写真がないのだ。あとは大事なところで怪我を繰り返し、微妙なポジションを繰り返してしまった。ショウタロウよ、あと一歩無理をしていれば、あと一歩責任感を持てていれば、もっとビッグになっただろうに。あと一歩我慢してご覧。お前は人に好かれるから、きっと周りの人が助けてくれるはずだ。社会人頑張れよ。お前がいてくれてよかったよ。

 

ラク④

秋山楽

一時期Aチームの主力に上り詰めた男。この代は誰がAチームになってもおかしくない選手たちだった。ちょっとしたチャンスをものにすれば一気にスターダムにはいれる状況だった。そのチャンスをものにする力を持ち、それを継続しきれなかったのがラクだと思う。特別に目立った印象のなかった1年次から急に2年の後半から頭角を現し始めた。CBになってから下のカテゴリーで信頼されていたのは知っていたが、Aに推薦される回数が急に増え始めた。おそらく自分でジムに通い、筋トレにはまりだしてからではないだろうか。川越さんからラクを推薦する回数が増え、試合でも特に注目していると自信にあふれている。そして良い顔で笑う選手だな、と思っていたが、その勢いのままAチームに参入してきた。1年次から考えるとまさかAチームで試合に出る日が来るとは思わなかったが、立派に一時期のAチームを支え、貢献した選手であった。ただし、選手というのは伸びることはあっても、伸び続け、成長し続けるのは難しいものである。失速してからがその選手の力そのものである。それは自分で抜け出すしかなく、目標へ向かう強い意志と我慢強さが必要である。さらに勉強のストレスがかかっていき、あきらかに失速した感じはあった。それでも十分タフになったとは思う。もしもラクがもっと早く筋トレに出会っていて、心にもっと筋肉をつけていたら、成立戦に出ていたかもしれない。そんなラクも見てみたかったかな。

 

ツバサ④

渋谷翼

この代の守護神。3年の春の合宿でツバサのことを他のチームがべた褒めしていた。あの体型、あの対人、おそらく小さいころから積み上げたスキルであり、GKの理想だ!と。それを聞いて、いや、この選手高校から始めた選手ですよ、と言いたくなった。ツバサは持病で走れずGKに転向した選手である。それを提案してきた今井さんはセンスがあると本当に思う。ツバサはあきらかに自信がなく、GKになっても大したプレーはできていなかった。というよりすぐにあきらめるような中途半端な奴だった。すぐ痛がるし。これは続けても意味があるかと不安になった。しかし、それがどうしたものか、2年の夏頃からTリーグのサブにも入るようになり、少しずつ自信をつけていった。下手したらツバサがレギュラーなんて日も来るかもな、と指導者同士で笑っていたのもつかの間、あっという間にどこのGKよりも迫力のあるGKに育ってしまった。本当に良いGKになったと思う。日大三高戦のツバサのセーブは何度もビデオで見た。かっこよかった。この勝利は完全にツバサのおかげだと思う。GKは家族というコンセプトを昭和第一学園は大切にしている。ただしツバサは末っ子気質だった。自分に甘いところも、お調子者なところも、のびのびやらせた方が伸びる所も末っ子であった。だから行動に甘さが多かったのも事実である。そんなツバサが最後の夏から顔つきを変え、GKのために、チームのために行動し出したのは嬉しかった。立派に長男であったと同時に、全員の守護神になれていた。日大三高戦は、そんな真摯な態度に対して、神様がプレゼントしてくれたんだな。ところで、卒業間近になって、職員室でよくツバサの悪い噂を聞くようになりました。生意気な奴としてよく話にあがっていました。今度、詳しく教えてくれますか。

 

ワダチ④

小倉和樹

おれはCBにかけている。その選択は合っていると思う。CBが良かった代は必ず昇格している。その選手で負けても仕方がないと思える選手をCBに置くようにしている。この代はワダチだった。なぜ選んだかと言えば、誰よりも走ることができて自分に矢印が向いており、人のせいにしない選手だからだ。不器用だが、その意志の強さにこの代の勝敗の命運をかけるつもりだった。1年次までは中盤のアンカーなどで走り回る選手として活躍してほしいと思っていたが、ストイックに一人でプレーする選手だったので受けるタイミングやテクニックなどの攻撃面がドリブル以外伸びきらなそうだった。練習で連動の旨味の話をしても一切伝わらなかった。ショウとワダチのどちらをCBにするか悩んだが、ショウをアンカーにすることで昭和第一学園のサッカーを変え、勝敗を握るCBはワダチに任せることにした。ワダチはよくやってくれたと思う。少しずつCBの仕事を覚えていってくれた。となりがリョウイチだったのもよかったのだろう。うまくなっていくのも手に取るようにわかった。しかしもっと自信がつくようにアドバイスをするべきだったかもしれない。職人気質が抜けきらず、きつくなると単純なチャレカヴァなどのプレーでさえも一人で解決しようとすることが多かった。ワダチの性格やスタンスをおれが変えることができなくても仲間の想いで変わるはずだと信じていたが、ミーティングなどもいつも端の後ろの席に座りはっきりと意見を言うことはなかった。3年間を振り返ってみると、一貫してワダチのスタンスはあまり変わっていない。なかなか頑固な男である。でもワダチからしたら変わろうとしているのかなと途中から思っていた。表面には出なくても中では苦しんでいたのだろうと思う。周りの期待と自己評価、求められる能力と伸ばしたい能力にギャップがあったのかもしれない。おれはこのチームの命運を勝手に握らせて、ワダチの良さを消してしまったのかもしれない。それでもおれはCBを任せるならワダチしかいないと思っている。それくらい大切なポジションであり、チームを勝たせるにはやはりワダチ以外の選手はいない。それくらい信頼している。中途半端に生きるなよ。自分のかっこいいを大切にしろよ。

 

タクマ⑤

小沢逞

おれの右腕だと思っている。タクマには選手と監督以上に深い信頼がある。とおれは勝手に思っている。1年次はただの走らない丸い男だった。プレーエリアはおそらく半径30センチくらいだったと思う。そんなタクマが急にヘディングが強くなり、急に走り出した。1年の夏過ぎあたりからだろうか。動機は謎である。そこからは急な成長を始めた。クラスではやんちゃ坊主だったらしいが一応知らないふりをしておいた。それを差し引いてもリーダーシップがあり、発信力があるので、それで献身的なプレーができるのなら使わない手はなかった。おそらく2年次の最初はめきめきと伸びていき、努力することが楽しかったのではないだろうか。特に地区リーグの法政戦で放ったミドルシュートは最高だった。おれはつねにあのシュートの再現をタクマに求めていたのかもしれない。あのシュートは特別だ。特別な理由は、まずは軌道の美しさだ。場所、タイミング、思い切ったスイング、完ぺきだった。さらに自主練の成果だというところだ。努力って裏切らないんだな。最後の理由は、タクマの親父さんと一緒に見られたからだ。あの試合をきっかけにしてサッカーが面白く、毎回応援に来るようになったと親父さんが伝えてくれた。最高に嬉しかった。親父さんとタクマとおれと、またあのシュートを一緒に見られる日をずっと追いかけていた気がする。クラスでも信頼していたし、期待以上によいクラスにしてくれた。俺ではなく、タクマとリョウタの力だったと思う。でも最後はもっと活躍してほしかった。不完全燃焼だろう。もっとできたよ。おれはなんか悔しいな。あの法政戦以上のプレーを親父さんと一緒に見たかったよ。

 

カナセ②

松田奏風

自信がないレフティ。カナセはセンスがある。中学時代に見て思ったが、こいつはこの代の選手権で左サイドで活躍する選手になる、と直感した。しかし、よく言えば人懐っこい選手だが、悪く言えば無責任である。とにかく自信をつけること、もしくは自分が挫折を繰り返した上で、ふっきれることが大切な選手だと考えた。なので簡単に下に落とさずに常に現実を突きつける位置に置き続けた。それでもカナセの左足に自信をつけさせようと声をかけてきたつもりでも、出す試合のほとんどで不発。左足のキックさえしょぼい始末。サッカーはうそをつかない。不安な心でボールを蹴っても思ったところに飛ぶはずがない。カナセはそれがもろに出る選手だった。カナセに自信をつけさせるためにどうすればよいか、どう使うかいつも考えていたが、当のカナセが勝負弱く、なかなか前進しなかった。そんなカナセが吹っ切れた試合があった。どの試合だったか、公式戦で途中から出した試合、セーフティにプレーさせたが完ぺきだった。指導者同士でカナセを絶賛したものである。完全に吹っ切れたプレーをしたカナセはそこから急激に伸び始める。選手権のアシストもそうである。本来なら違うパスの選択肢が正解だったかもしれないが、吹っ切れたプレーをすることで、相手の出足を遅らせて、最高のアシストになってしまった。序盤のプレーだからこそ吹っ切れたプレーをすることは大切なのだと改めて勉強になったアシストである。夏過ぎてからの成長だろ?遅いよばか。文句言ったり信頼されてないとか余計なこと考えたりする前に自分で自分を信じて自信つけろよ。他の評価を気にしすぎだ。他の人ではなく、自分に矢印を向けろ。そすればかっこいい男になるのは間違いない。選手権のアシストだけじゃ物足りないな。もっと見たかったよ。

 

アイザワ③

相澤良汰

セレクションと練習会皆勤賞の男。すべての練習会とセレクションに来て意地で入学してきた男。そんな熱意ある男が、こんなに勉強しない男だなんて本当にびっくりである。ミーティングで何回も何十回も勉強とサッカーの両立や、それをやらないことによる仲間からの信頼の欠如を話し続けてきたが、まったく効果がなかった。「サッカー以外やらない」とクラスで断言していたのを他の人から聞いたときは唖然とした。そんなアイザワも少しずつ周りの選手に献身的になりはじめ、多少は仕事をするようになり、サッカーが上達し始めた。当時は野田だったか、しっかりと向き合って成長させていき、感心したものである。そんな成長の兆しがあった時に前十字靭帯をやってしまった。神様はいじわるなのか、それともそのタイミングが必然だったのかわからないが、あまりにぴったりなタイミングだった。このままサッカーから離すと立ち直れなくなる!と思いサポート班に入れて無理やり働かせた。あまり働いていなかったようだが。それでも復帰に向けて全力だったと思う。順調に見えた。復帰すればまた何倍も成長すると思った。それがまさかの復帰直前での再断裂である。そりゃ心も折れるよ。しばらくは普通に生活していたが、そんなに簡単な話じゃないよな。アイザワの怪我はアイザワの学校生活も奪ってしまったのかもしれない。どうだ、心も足も傷は癒えたか?学校のグラウンドにだいぶいろいろと忘れものしてしまったな。まあ、いつでも良いから取りに来いよ。ただし、マッチョじゃないアイザワは見たくないな。マッチョで来いよ。

 

リュウビ④

大津龍飛

1年次に一番推されていたのはリュウビだったかもしれない。面倒見の良い性格も、真摯さも、勢いのあるスプリントも、確かに輝いていた。おれも守備の軽さとポゼッションの雑さが直れば選手権をリュウビで戦うものだと思っていた。しかし、なかなか上達しない。能力はあるはずなのに、どこか自信がなさげでつい負の連鎖に入ってしまう。とくにリュウビはうまくいかないと結構長いことはまってしまう選手だった。もっとひとつずつ武器を作ってあげていくべきだったのかもしれない。クラスなどでは結構騒がしい方だったようだがチームではあまり発散できていなかった。落ちるところまで結構落ちた時期もあったと思う。まあ本人は1年次のことを理想に思うかもしれないが、おれは春山のもとでCBをやっている時のリュウビが好きだったよ。もちろん適正はSBだとは思うが、CBをやりながらサッカーを勉強してサッカーに向き合い、自分のできることを少しずつ増やしていたあの時期のリュウビをおれはすごく評価している。あれこれ考えるよりもフィールドで必死な感じがかっこいいと思ったけどな。余計な不安をすっ飛ばせていたら、もっとポテンシャル発揮できたのにな。それは性格だから仕方がないと言ってしまったら、そこで成長はないと思うんだよ。目的のために性格も変える覚悟が必要だな。たらればを言っても仕方がないけど、リュウビのあの縦への疾走感はトップチームでも通用するものだったと思う。リュウビがT3で活躍する世界線もあったと思う。もっとアドバイスするべきだった。筋トレでも何でもよいからもっとやりこんでいれば、もっとできたよお前は。

 

レン④

中村蓮

変わり者で努力上手だった男だが、最後は満足いく終わりだったのだろうか。レンはサッカーが好きな男だ。練習の終わりでも積極的にプレーについて質問して来る奴だった。他の奴が監督のおれに質問しに来ないが、レンだけは1年から堂々と話しに来ていた。決してうまい選手ではない。身体操作のレベルで言ったらかなり低い方だ。それでもレンがいると試合が安定する。タスクを間違いなく全うする信頼できる男だった。新チームになった時Aチームに入れたのはおれだ。レンが必要だった。モラルもミーティングもレンがいないと始まらないと思っていた。事実、十分にチームを引っ張り、支えてくれたと思っている。そんな内面的な良さだけをチームに還元させるのではなく、カズシと一緒でレン自身の成長のためにカテゴリーを下でチャレンジすることになった。努力を重ねてどんどん伸びていくと確信していた。事実、トーナメントの20番以降に常に名前が挙がっていた。しかし、そんなレンだが最後は満足のいく形だったのだろうか。リーグの予定がいつ入るかわからない中で一般受験とのバランスが難しくなっていく。予定が決まらないから非常に難しかったと思う。しっかりと区切りを一般受験組と話し合うべきだった。どの選手も正直最後は気持ちと現実にギャップが生まれてしまっていた。レンもそうだ。これだけ努力し、人の前を走り、逃げなかったレンが、最後すっきりと終われなくてどれだけ苦しんだか。レンの良いところだけチームでもらって、レンに区切りをつけてやれなかった。それがおれの悔いだ。でもレンがいてくれてよかった。ありがとう。

 

コウタ④

中島浩多

明るい変人。そして、おれは素晴らしいセンスと意志の持ち主だと思っている。中学時代にうちに来た時も良い選手が来たと思った。選手のストーリーはきっかけや怪我や性格がいろいろ関係するものだが、コウタの場合は単純に体重がついていればAチームでやっていけたのではないかと考えている。体重があれば守備の迫力が全然違ったはずである。太れなくても強くはなれるし、筋力で重くはなれる。コウタは肉が付きにくい体質だろうけど、そこであきらめたのか、努力した結果つかなかったのか、方法を間違えたのかわからないが、そこが改善できていればと思ってしまう。俺から見たら人一倍負けず嫌いで気が強い。多少のトラブルでも折れずに向き合う力がある。おれは2年次に地区2部で使いながら魅力的な選手だと常々思っていた。ただ、そんなコウタもAチームじゃなくなってからは徐々にAでやりたいという意志が離れていった気がする。負けず嫌いなコウタだから、試合に出たくないわけもないし、選手権で躍動しているのを見ても、絶対心が折れていないとは思ったのだが。本当はコウタみたいなやつがAチームで気持ちをぶつけながらチームを作るべきだと思う。コウタのキャラクターを活かしきれなかったなー。でもやっぱりお前が出ている試合は面白いから好きだったよ。うちに来てくれてありがとな。

 

ナカハルト③

中浜陽斗

おれはハルトが賢いと思う。情報をそろえて冷静に判断できるし意見できる。お調子者だが善悪の判断もしっかりもっている。大切なパーソナリティを持っている選手である。だからチームに必要な選手になると思っていた。ただ、とにかく自分に弱い。そこに向き合うことが課題な3年間だった。プレーでいっぱい失敗して、悔しい思いをして、指導者に助けてもらいながら、それで自分に向き合うことを学んでいけばよいと思っていたが、まさかの前十字靭帯断裂の大けがをしてしまった。怪我後のハルトの顔も忘れられない。それでもハルトのパーソナリティならサポート班などで選手以上に活躍できると思っていた。新しく立ち上げたサポート班にハルトの力をどう使うか計画したものだ。ただ、その予想は間違っていた。ハルトのショックは想像以上に大きく、チームからも心が離れ、なによりも自分自身に向き合う体力がその時はなさそうに見えた。その繊細さに改めて気づくと同時に、この選手はサッカーが好きなんだな、チームへの愛ももちろん感じるがそれ以上にプレーできないと気持ちが続かないんだなと感じた。だからリハビリを中心にやらせ、それ以外にどうこう言わないことにしたが、本当はチームにもっと関わってほしかったし、その良さや楽しみも教えてやりたかった。ハルトが本気でサポート班をやり込んでいたら全員の引退時期は変わっていたかもしれない。それでもどこかで気が晴れたようになりチームへのサポートをしながら無事に復帰した時は内心はらはらしながらも非常に感慨深かったのを覚えている。その後はしっかりプレーできている姿を見て、ああやっぱりこの選手はフィールドで答えを探す選手だなと確信した。ハルトはこれからもいろいろできるかもしれないが、今後は自分の目の前のことだけではなく他のこともチャレンジしてほしい。いろいろな経験がハルトを育ててくれるはず。その深い心に見合った広い視野を持って生活しろよ。

 

ショウ①

長嶋祥生

昭和第一学園の歴代ベスト11を選んだらおそらく入るだろう。身のこなしがうまくそのうえで強度を持った選手だった。この代のキャプテンは、ショウ以外ありえない。ショウはセレクションに来た選手だったが、コントロールが良い選手だな、というくらいの印象で、面談の時間がとれないこともありB合格にした選手である。つくづく自分は見る目がないと思ってしまう。ただ当時は小さいし、成績も悪いし、そんな選手だったのである。それが入学後は目を疑った。プレーもさることながら、身長も伸び、1年生の中で大リーダーとして振る舞っている。やったことがないやつはわからないと思うが、常にリーダーとして動き、指導者から怒られるならまだしも、期待され続けることがいかに重圧であるか。気が抜けないし自分のプレーに集中できずパフォーマンスも落ちるものである。リーダーは孤独である。KOGの時ははたから見ていてそれを感じた。そんなショウだが、すごい力を持っている。自分のスタンスを変えずに、環境に適応する力である。こんなことができる奴は社会人でもほぼいない。自分の強い意志を維持しつつも、周りと順応し、周りの力を引き上げながら自分を成長させることができる。すごい。2年次にヒロトと組んでいたのがまた良かったかもしれない。最強の二人だった。ヒロトをキャプテンとして集中させられていたのは実はショウの力が大きい。そこでT3昇格させたのもある意味ショウの力だった。この時のショウはどんどん上手くなっていく自分を感じたはずである。3年次はショウとやりたいと思う選手が多く、ダイゴが覚醒したのもショウの力が大きかったと思う。ダイゴが出てきたせいか、ショウはまたうまくなった。おれの理想のアンカーはショウである。歴代でショウより良いアンカーはいない。ワダチに勝利のキーマンのCBを託して、ショウで勝負したのは、結果として負けたけど、後悔はしていない。それくらいショウにかける価値はあったと思っている。よく息切れせずに3年間突っ走ったものである。きついこともあっただろう、納得できないこともあっただろう、孤独だったことも多かっただろう。仲間を大切にし、仲間を尊重し、決して横柄にならず、それでいて心からサッカーと自分自身に期待し続けられていたショウを心から尊敬し、感謝する。

 

ダイゴ⑤

堤大悟

信じられない奴もいると思うが、ダイゴは新チームが始まった時点で、構想外スレスレのサブであった。2年の後半になっても強度が低く、ボールを前進させられない選手だった。中学生で入ってきた時から感じていたが、ダイゴは360°を与えるよりも、ボランチなどの低い場所から180°の視野を持った時の方が良いプレーをする選手だった。その状況さえ作れれば、ドリブルもパスも選択肢が多く、それどころか見る人を惹きつけるビッグな選手である。ただこの特徴がダイゴらしいといえばダイゴらしい。人間的にもこんな感じだった。視野がある場所や自信がある場所では集団の先頭に立てるセンスがありながらも、視野がなかったり経験がなくイメージがわかなかったりする場面では非常に憶病で不器用な男である。そして人の感情に敏感すぎる。ダイゴの人柄の良さもあり、みんなダイゴは強いと思っている後輩も多そうだが、ダイゴは自分自身で自分のこの2面性を良く気づいていた気がする。でもおれは、ダイゴが自分の意志でこの弱く臆病な部分に向き合わない限り試合に出ることはないと思っていたので、ただただ信じて待つのみだった。ダイゴの名演説は二つある。部長になるときの「やらない後悔よりもやる後悔」、合宿で3年相手に話した「おれらは最高の仲間だ」の二つである。特に二つ目だが、3年生の一部がどこか楽しみを優先させていたり、あきらめを強くにじませ始めたりした頃、第一線で一番やっているショウやダイゴが報われないと思い、この2人のためにも「あきらめるな。サッカーが好きなだけじゃだめだ。勝負をするための仲間じゃないとやってきた意味がないし、一体感は得られない」と3年生に話した。そしたらまさかのダイゴがキレた。おそらく仲間への愛である。思った形ではなかったが選手たちの心にはずどんと響いたと思う。ダイゴは勝負を繰り返し、挫折をし、常にストレスを感じながらやっていたが、おれはそれが理想だと思っている。それを支え合ってお互いに向上するのが仲間である。どうやったら全員が目標を共有し、最後までもがけただろう。身を削ってでも勝利のためにお互い成長するにはどうするべきだっただろう。このチームの仲の良さに救われたのは正直なところである。だからこそ、その力をこの3年生のプライベートの中だけでなく、勝負に活かすにはどうすればよかったのか。各代の3年生の力を勝負に転換させていくのが部長の力かもしれない。3年生のコメントを読んだが、想像通り勝負に徹しきれなった後悔が多かった。やはりおれとダイゴがまず話し合うべきだった。部長として今なら何をやる?おれは今も3年の仲の良さを、勝負に変える方法を考えている。どうするべきだったか。

 

ゆめ③

島田ゆめ

ゆめの高校3年間ははたから見ていると結構きつかったのではないだろうか。1年次はおれが担任だったが、あまりに平和な雰囲気であった。他のクラスがやんちゃな中で、14組だけは平和な牧場みたいな場所であった。それが2年になってクラス替えをした後から、14組の奴らは他のクラスに圧倒されるか、2年生デビューするかに2分した。女子の友人関係も複雑だったのだが、ゆめは思いっきりそのあおりを受けて崩れまくった。それと同時にサッカー部内のマネージャー同士の関係も変わり、気づけば最後の年はゆめ一人だけだった。マネージャーはいらないと言っているにも関わらず、お願いだからやらしてくれと入ってくる子たちが何年かに一度いる。受け入れた以上は仲間である。いろいろな事情で、やっぱりやめた、と辞めていく子たちにいつも悲しくなる。ゆめに関して、スカートだ化粧だ、クラス内のごたごただ、たくさん悪い報告は受けてきた。クラス替えから荒れているのも知っていたし、いっそ部活を辞めた方が楽になるのではないかと思っていた。しかしそれでもゆめを辞めさせないで、さいごまで仲間だと思っていたのは、一人でも、必ず来るからである。試合に一人で、必ずいる。練習に、誰も話す人がいなくても来る。仲間が大切だ、仲が良いと言っている3年生たちも、ゆめに手を差し伸べる奴は少なかった。それでもゆめは来る。だから、そこまでこの場所に価値を見出してくれるなら、最後まで大切にしようとおれは思った。ケンタの力もあってサポート班を作り、ケンタやヤンクン、ジュンダイもその他の奴らもゆめを迎え入れてくれた。最後の年に仕事とサッカーに集中しているゆめを見てうれしく思った。おまえよく頑張ったな。なかなかできないよ。3年の夏合宿もよく来たな。その意志の強さを尊敬する。

 

リュウキ⑤

嶋田龍希

流れ星みたいな男。リュウキの1年次の印象は、この子は何のために部活をやっているのだろう?だった。走れない、だから試合でも頑張れない、そしてしゃべれない。試合に出すにしても他の奴の迷惑にならないところに出すしかない。サイドハーフで途中交代くらいしか手がなかった。さらにはよく職員室前でめちゃくちゃ怒られている。だらしなさで怒られていることが多かった。クラスの様子を聞くと最悪。おれが頭を下げて回ったこともあった。そして成績も悪い。なんとか引き上げたくてもきっかけが全くないのである。そんな風に困っていたところ、2年の終わりだったか、急に覚醒した。びっくりした。今までが何だったのかと思うくらい、急にしゃべりだして急に強度が上がった。春山のアドバイスもあったのかもしれないが、いつの間にかチームの中心であるボランチで大活躍し出した。Cチームは急激に活性化し、一時期はリュウキのチームであった。はっきりいって落差が大きいがゆえにこの代一番のサプライズである。きっかけはサッカーの動画を調べたりして自主的に動き出したらしいが、主体性とは怖いもので、人間をまるで変えてしまうものである。しかし、そのまま主体的に爆走するのかとおもいきや、夏に勉強の波が来ると一気にトーンダウン。元のリュウキとは言わないが、流れ星が去るがごとく、もう輝きはなかった。リュウキよ、1、2年次の勉強のつけがなかったら、もっと成長してたんじゃないか?もったいないぞ。おまえ、キャプテンマーク巻いてるとき、あの時のお前にはめちゃめちゃ似合ってたぞ。

 

ルイ②

楢原琉生

昭和第一学園のメッシ。1年生で入ってきた時は今までの昭和第一学園にはいなかった選手が入ってきたと思い、一緒にやっていくことを楽しみにしていた。ただ、3年間終ってみるとほとんど一緒に戦ったことがないのに気づかされる。ルイみたいな選手は10分でも20分でも出てくれればゲームを変えてくれるプレーヤーである。だから安定したパフォースさえ出ていれば上のカテゴリーでもっとできたはずである。何度も上げられるチャンスがないか指導者同士で話し合ったが、ことごとく怪我や不調でダメだった。いつの間にか完全に下のカテゴリーの選手になってしまい、熱量もそれに沿って落ちていたように見える。それでも調子が上がってくれば、そのまま結果をだせ、上がってこい!と思っていたが、ついぞ怪我のスパイラルから抜け出せずそのままになってしまった。たらればを言っても仕方ないが、体作りを本気で2年次にしておけば違う未来があったのかもしれない。自信を常に持つという点で特にそう思う。そしてもっと上のカテゴリーでもっと厳しくもまれていれば、トップ下で開花し、少なくともスパーサブで活躍できたかもしれない。いつのまにか引き上げるチャンスもなく過ぎていった日々だが、それでもルイが出る試合は楽しみだった。サッカーの楽しみをドリブルで体現できる選手だと常に感じていた。3年の夏すぎに一度調子がまた上がったルイの顔つきを見て、腐らずにもがいている姿は嬉しかった。お前、もっと早く筋トレしておけよ。お前で試合をひっくり返したかったな。

 

ケンタ⑤

梅野健太

今後入ってくる選手たちにサッカー部の歴史を語るとき、おれはケンタの話を間違いなくするだろう。選手としては飛ばず鳴かずの状態。それでももがいていたが膝の怪我で断念せざるを得なかった。おれはずっとサポート中心のグループを作りたかった。マネージャーは毎年いるわけでない。その中で盤石なサポート体制を継続する必要があるからだ。ただし、そのためにはサポートといえど自分にストイックで、チームを愛してくれて、そして立ち上げなので頭が良い選手でなくてはいけなかった。それがケンタだった。サポート班はなかなか理解され難いが、月に2回か3回ミーティングをする。机を円にして顧問と一緒に2時間近く今の状況に足りない物品や季節ごとの必要なサポートなどを進め、その後メンバーだけでミーティングしていく。怪我でできない選手もサポート班に入ってくるので病院の関係を考慮してシフトを組み、人が入れ替わっても仕事が滞りなく進むようにマネージメントしていく。そしてミーティングの時以外は自分たちで自主的に動くしかない。決まったスケジュールで自分自身を鍛えていく選手とは根本的に違うのである。この仕事をケンタはよくやってくれた。りきまる、ゆめ、あおい、じゅんだい、りょうた、やんくん、その他も多くの選手たちがこのサポート班を真摯に作り上げてくれたが、本当に感謝している。そしてサポート班がプライドを持っており、チームつくりに置いて、選手たちと同等以上のものだと認識させたのはケンタの力である。また、ゆめがチームに必要とされていると実感持てたのはケンタたちサポート班の人柄が大きかったのだろう。そして、後輩に与える影響も大きかった。1年生のリーグ戦や3年が抜けた試合も、オフなのに、ケンタは見守りに来るのである。後輩たちにも話したが、チームを愛するというのは、まずは「チームのことに関心を持つ」ことが第一である。ケンタに毎回来る理由を聞いたら「普段サポートしている1年生やカテゴリーがどんな試合をするか気になるから」というナチュラルなものだった。その後も新人戦も当然のように来ていた。責任感以上に関心で動く。それは普段から全力で全員のために動いたケンタじゃないとできないことだろう。かっこいいはいろいろある。試合に出るのもかっこいい。最後まであきらめないで努力するのもかっこいい。チームのために全力で戦い、全員を愛したケンタは、最高にかっこいい。

 

セイヤ①

八波清矢

サッカー大好き男。指導者の中で安定した評価を得ていたのが、「セイヤのモチベーションは信用できる」だった。たしかに1年生の頃からずっと変わらない。練習でもくさらないし、いつも楽しそうだった。ただいつもちょっと抜けている男だった。小柄でもダイゴがトップで活躍できるのだからセイヤもできるはずである。「サッカーが好き」にプラスアルファがあればもっとビッグな選手になれたのではないだろうか。もっと真剣に体つくりを1年次からやっていれば、停学するようなあほなことをしていなければ、そうしたらもっと活躍で来ていたかもしれない。おれはセイヤのSBは好きだった。漫画のアオアシのようだった。サッカーが好きでサッカーの戦術を行使できる選手がサイドバックにいるとやはりゲームが面白い。シャドーでボールが受けられないよりもメイクにかかわるセイヤのサイドバックは非常に現代サッカーっぽくて楽しかった。そんなセイヤもAチームに入ると全然影をひそめてしまった。スピード感と強度の中で自分の良さをうまく発揮できていなかった。Aチームになるととにかく自分で役割を見つけていくことと、当たり前のことの徹底度が大切だが、セイヤにマルチタスクはなかった。それでも活躍を願い、周りの反対を押し切ってTリーグに登録してメンバーに入れ、奮起させようとしたがついぞ出してやれることはなかった。1年次と3年次に担任で、教室でも顔を見てきたが、なんとなくおれと心が通い合っているようには思わなかった。選ばれていないという思いなのか、見返してやろうという思いなのか、見てくれていないという思いなのか、それはわからないが、うちのクラスはみんなBチームだったが、なかなか難しいものである。それでもやはりクラスのやつらのサッカー部は特別である。学校で一番思い入れはある。おれは本当はもっとセイヤと試合がしたかった。もっと筋トレしとけあほ。

 

コウキ④

武花洸希

まさかの覚醒をした男。お前は春山に感謝しろ。シャトラン走れない、技術追いつかない、サッカー飲み込み悪い。おれはこいつは厳しいと思っていた。何かきっかけがないものかと悩んだ。話せば明るくて良いやつだし、自分に弱い以外は真面目で真摯な男。そのコウキがまさか地区3部であそこまで覚醒するとは。春山の報告でコウキが良くなってきたと報告を受けて練習を見てみるとコミュニケーションも献身性もぐっと良くなっている。サッカーが少しわかってきたのか自信をつけてきたように見える。それでも最初の印象からするとどこまで伸びるか未知数だったが、みるみると自信をつけて迫力をつけ、ついには地区3部の主力にまで躍り出ていた。コウキをここまで育てた春山には脱帽である。そこからのコウキは本当に良い顔をしていたし、そのポジティブさと真摯さがチームにも伝染するようになっていった。本当に信じられない成長だった。そうなると明るさが自身を助けて伸びる伸びる。これはどこまでいくのかと思っていたら夏に全く消えてしまった。春山に聞くと、「コウキは暑い日はダメです」とのこと。ふざけてんのかお前は!暑い日と涼しい日のパフォーマンス違いすぎるだろ!走れないレベルじゃなく病気みたいな顔してたぞ。ついぞシャトランを暑い日にクリアしているのは見なかった。走り込みは自分との闘い。自分に負ければ相手に勝てない。暑い日も寒い日もやるのがサッカーだぞ。もしもコウキが暑い中でも走り回れる自分を持っていたら、どこまで成長していたのだろうか。惜しいなお前は。お前が出る試合はポジティブで勇気が出る試合が多かった。もっと見たかったよ。暑い日にも。

 

カイト①

木村櫂人

最後まで伸び続けた男。カイトのベストパフォーマンスは最後の2試合だった気がする。ベンチから見ていてしみじみとうまくなったな…と思った。最後の方なんてほぼノーミスである。永山の失点だけ悔やまれるくらい。GKがカイトとユウしかいない代だったがそれでもどちらが出るかを争うことが予想された。それが3年間の蓋を開けてみれば途中からGKを始めた素人がレギュラーで下の学年の奴がサブの座に座っていた。本人はかなり苦しかったと思う。真っすぐな男だから情報が多いと焦ってしまう。落ち着いているときは良いパフォーマンスだがちょっとした焦りやミスの不安で崩れてしまう弱さを持っていた。もっと自信を持たせたい、これさえできれば、みたいなことをGKコーチたちにお願いしてやってもらっていたがなかなか飛ばず鳴かず。挙句の果てには進路がかかってきて不安さで辞めたいと言ってきた。その時は自信をつけさせずに辞めさせるわけにいかない。しかしきっかけがなくどうするか…とおもっていた。そうしたら次の話し合いの時に意外な答えが返ってきた。1年対2年で紅白戦をやって2年が負けたのだが、そこでカイトが言ってきたのが「1年生に負けて悔しすぎる。このまま辞めるわけにはいかない。やらせてほしい。」とのことだった。そうだよ。お前はそうじゃなくちゃ!というか全員そうじゃなくちゃ!GKなんて一番序列ひっくり返すのが難しいポジションだが、そんなことよりも、現状厳しくても、負けて終われないのが男だろ。おれは熱くなったよ。そこからうまくなるわけではないのだが、よく耐えて、頑張ったともう。そんなカイトのパフォーマンスが変わったのが腹をくくった10月あたりからだった。3年生で最後に大きく伸びたのはカイトだった。良く踏ん張ったな。最後の伸びはかっこよかった。あきらめなかった自分を誇っていいと思うぞ。

 

レイ⑤

矢部怜

野田・春山から絶大な信頼を得ていた男。それもわかる。冷静で努力を惜しまず、指示をしっかり遂行する人物。それでいてアウトサイドの使い方など個性ももっている。何試合も見ていて良い選手になったなと思った。しかも毎日少しずつだが伸びていく堅実さがあった。キャパシティはそんなになく慌ててしまうことが多かったが、そこに逃げずにできることを少しずつ増やしていった。すごく慎重な選手だが、最後はもっともっと自信もってわがままにでもプレーしても良かったんじゃないかな?それくらい堅実に成長していたし、チームからも指導者からも信頼されていたよ。選手権で入れる選手を決める時、堅実に自分に向き合い、その選手を入れることでBチーム以下の心が熱くなれる奴を選ぼうと指導者で話し合った。最後選手権の試合に出したのは別に頑張ったご褒美ではない。お前を立たせることで、みんなを熱くさせ、本当に一つにしたかったんだ。その価値がある選手だとおれは思うよ。おれが全員練習を見るわけではないけれど、あくまでもチームは一つ。おれはAの監督ではなく昭和第一学園の監督。各カテゴリーの指導者の目は、俺の代わりに見ている目だから、指導者の目を一番信じている。そのコーチたちがレイを推薦してきた時は、心から嬉しかったかな。慎重さはレイの良いところ。でも、これからは指導者たちの信頼を得たことを自信にして、よりダイナミックにいろいろなチャレンジをしてほしい。キャパシティを広げてかっこいい男になれよ。

 

力丸④

力丸凌

力丸が前十字靭帯を怪我した時、なぜ神様はこの選手を怪我させたのだろうと思った。不器用で下手な選手だった。ありえないミスを連発する選手。すぐへこむ。失敗すると顔に不安が前面に出て負のオーラを簡単にまとってしまう。周りから言われやすい性格だからなおさらへこむ。それでもリキマルは他の選手を悪く言わない。そしてチャレンジし続ける。リキマルが投げ出したり、嫌になって何かのせいにしてやらなかったりすることはあったのだろうか?おれはあまり見たことがない。地道に言い訳をしない愚直な男は大好きである。下手でもなんでもチームの宝である。そんなリキマルが全治8か月のけがをして、3年生の夏までできないとわかった時、本当にショックを受けた。これだけ真摯な選手がなぜ大けがをしなければいけないのかと。ただ、指導者よりもリキマルの方が強かった。ショックだっただろうが、リキマルはやるべきことを見失わなかった。サポート班を全力で支え、自分ができる筋トレを地道にはじめた。川越さんにリキマルとヤンクンが特別に指導をお願いしてきて、継続していると報告が来たときは尊敬した。普段のウェイトを頑張るやつはいても、それ以上に他の奴と差をつけようとするやつはなかなかいない。2年間担任をしてきて生活もブレたことがない。かっこいいよお前は。応援だって一番声が届いていたよ。試合が終わった後に相手にエールを送ったら相手は鼻で笑っていた。それでも相手は関係なく、自分たちが感謝しているならエールをすればよいと伝えたら、力丸はその後もどんなに負けても相手に必ずエールを送っていた。笑うやつはいるかもしれないが、愚直なお前はかっこよい。よく復帰したな。嬉しかったよ。ただ、最近思うのは、サッカーのためにできることをやり続けたというよりも、ただこの男は筋トレが好きだっただけじゃないかと思っている。卒業のプライベート写真の八割が裸だった。ただの筋肉男なのではないだろうか。大学で脱ぐなよ。

 

コタロウ②

林虎太郎

この男にも心から驚かされているし、他の選手よりも意外と覚醒が早かった男。1年次はコタロウの担任だったが、サッカー部の緊張感はまるでなく、当たり前のことを当たり前にやらな過ぎて結構怒った。クラスで怒ることの8割はコタロウだった。クラスでは怒鳴らないと決めているおれも何度も危ないときがあった。怒鳴ったらクラスが委縮してしまうので、クラスを崩壊させるトリガーをコタロウが常に握っていた。2年次になって解き放たれたように楽しそうなコタロウを見て、余計にむかついた。おれがもつ古典総合でも当然のように低い点を取ってきて、またむかついた。しかしそんなコタロウもサッカーのセンスに関しては他の選手と違うものを持っていた。ふところが深い。ボールを常に股下あたりに持つことができる。天性のボールの持ち方だった。コタロウも、ユイヤも、ハルトも、なぞの天性を持っている。やはり変な奴はサッカーでも変な特殊能力を持つんだな…と常々思っていた。それでもコタロウはすぐにつぶされてしまっていてなかなかプレーがうまくいっていなかったが、カテゴリーに分かれてボールが持ちやすい環境に行き、春山に見られるようになってからは他の選手よりもいち早く覚醒した。守備を仕込まれていやいやでも守備をするようになってから徐々に強度がついていく。球際に負けないようになっていく。そうなるとだれよりもボールが運べるコタロウが攻撃の主軸になっていく。春山のチームでコタロウがどんどん伸びていくのを見て本当に感心した。普通サッカーが良くなると勉強も伸びていくのだが、そのころに古典総合でクラス最下位をとっており、さすがだと思った。そんな常識でははかれないコタロウが野田からの信頼も勝ち取って地区二部を戦い、昇格を決定づける得点がコタロウからのアシストで、得点がセイヤなのも感動した。常識でははかれないが、サッカーが単純に好きだということを貫けるのもまた一つの能力。サッカーに感謝しろ。そして春山、野田、仲間に感謝しろ。卒業したら顔見せにこいよ。ちゃらちゃらしたコタロウを見たら、もう、心置きなく怒鳴れる。楽しみだ。

 

リクト③

澤田陸人

昭和第一学園のエース11を運命づけられた男。どんなにくそ野郎でも、どんなに生意気でも、どんなにふてくされても、結局はリクトが一番11にふさわしいと、今でもおれは思っている。中学時代から知っているが、センスの塊だったと思う。特にFWとしてのセンスは抜群だった。理想の形は地区1部で最初に組んでいたリクトがトップでトップ下にハルトだった。この2人を中央で近くに置いておけばどこまでもいけると思っていた。しかし、この代のある意味被害者でもあるリクト。センターバックとボランチの不在により、どんなに頑張ってもボランチ2枚とセンターバック2枚じゃ戦えないことが明確だった。特に一つ上の日大豊山戦の現象を見て、T3で今まで通りじゃ勝負にならないのは目に見えていた。それによって1トップが必要となり、特にボールのためが必要な選手がFWに入ることになった。そうなるとリクトはサブに回ってしまう。でもこの代の命運を握るのはリクトだということはわかっていたし、なんとか生かすためにサイドのアタッカーに持ってきたが、抜け出しの一瞬のこずるさが特徴のリクトにドリブル突破を求めても苦しいのはわかっていた。それでもチームからの信頼をもとに苦手な守備も突破も克服するタフさと負けず嫌いさにかけたが、まあ、のっていなかった。リクトみたいなタイプは自由にやらせてこずるさを存分に発揮した方が活躍するのだが、守備のタスクが多くなかなか良さを引き出せなかった。なんとかリクトの良さを引き出して武器にしよう、のせていこうと毎日考える中で、アップは適当だわ、練習も基礎的なグループ練習は集中しないわ、強くなればなんとかなるのに筋トレをやらないわで途中からむかついてきた。ワダチもリクトも感覚的すぎて一人でプレーする習慣がつきすぎて試合以外の練習をまったく集中しない。全指導者が口をそろえて言っていた。それでもリクトとワダチにかけるしかなかったし、かけるのに十分価値がある求心力をもっていたと思っている。早大学院のゴールを決めたのはリクトだが、やはりリクトが決めれば勝つ。真摯さが足りないリクトにむかつきながらも、やはり今思うが、後悔はしていない。この選手を使いこなせなかった自分に反省。もっと点決めろよ。